ジョー奥田が届けるありのままのハワイ・ボルケーノ「24時間の森の模型」サウンド
聞き手:ピーター・バラカン

Special | May 10, 2017

奥田氏を自然音へと向かわせたのは?

ピーター・バラカン氏(以下、ピーター) 奥田さんは、もともとミュージシャンですよね?
ジョー奥田 はい。ドラマーとしてロサンゼルスで仕事をしてました。
80年代半ばにLinn Drum等のドラム・マシンが登場したことがきっかけで、スタジオでのサウンド・プロダクションに興味を覚え、徐々にプロデュースの仕事が増えました。音楽プロデューサーとして長くロサンゼルスで活動しましたが、1998年頃から自然音を録る仕事にシフトしていきました。
ピーター 当初、自然音の収録はどこでやってたんですか?
ジョー奥田 主にロサンゼルスの海や森などです。
その後、日本を離れて20年くらい経った頃、自分の中で日本に対する思い入れが強くなり、日本の自然音も録ってみたいと思うようになったんです。
ピーター 何かきっかけがあったのですか?
ジョー奥田 一番大きな理由は父親を亡くしたことです。
加えて、ロサンゼルスで音楽制作をやっている自分の生き方にも疑問があったんですよ。お金は稼げましたけど、ロサンゼルスの音楽業界は日本よりさらに競争が激しく、競争的な人間関係が自分に合っていないと感じるようになり、徐々に楽しくなくなったんです。父親を亡くしたタイミングで、これからの人生をどう生きていこうと考えたんですが、なかなか結果を出せなく、丸一年くらい仕事をしませんでした。
そんな時に、以前自分が録音した自然音を聞いたんですね。
奄美大島で録音した波の音でした。それを聞いた時に、自然音の完璧な美しさに大きなショックを受けたんです。音楽制作をしていても、そこまでパーフェクトな美しさに出会うことがなかったんです。どうしてこんなに完璧に美しいんだろうと考えたんですが、自然の音は「God made sound」で僕がそれまで作ってきた音楽は「Man made sound」。この大きな違いに気付き、自然の完璧さに心を揺さぶられたんです。自分には音を録音し編集するスキルがあるので、この美しい音を聞いたことがない多くの人に届けたいと思ったんです。
ピーター 今、奥田さんはハワイのボルケーノという村に住んでらっしゃいますが、そこはキラウェア火山に近い場所ですか?
ジョー奥田 そうです。
すぐそばに国立公園があり、その森に隣接した場所に住んでいます。車を公園入口の駐車場に停めると、火口がすぐ目の前に広がってるんですよ。ハワイに住み始めたのは2013年の10月からなので、3年くらい経ちました。
ピーター 移住したきっかけは?
ジョー奥田 3.11です。
ワインのタンクにスピーカーを付けて熟成させる音響熟成というワインの作り方があるんですが、日本酒を使って音響熟成を行おうと、会津の酒造協会と地震の少し前からプランを話していたところだったんです。
ピーター 音響熟成ですか!すごいですね!
ジョー奥田 ヨーロッパではわりと盛んなんですよ。
奄美大島では、僕の波の音の作品を使って焼酎の音響熟成もやってます!それで、3月11日に福島に打合わせに行く予定だったんですが、たまたま体の調子が悪く、打ち合わせを延ばしてもらったんですよ。そういうこともあり、震災が他人事に思えなく、自分でも何かしなければという気持ちが強くなって「地球ラジオ」というインターネット・ラジオ放送をUstreamで始めました。自然災害で傷ついた人を本当に癒せるのは自然音しかないと思ったんです。基本は自然音を放送しますが、時々、音楽をミックスしたり、1日に1回くらい僕もおしゃべりをして。僕の理想は24時間放送だったんですが、個人放送なので電気代がすごいことになってしまって(笑)
だんだん時間を縮小させながらも毎日放送しました。
ピーター その時は東京で生活されていたんですね?
ジョー奥田 はいそうです。
でも震災発生から時間が経つにつれ、震災直後にあれだけ強く感じていた、お互いを助け合う気持ちが次第に風化してしまう現実を目にするようになり、僕は大きなショックを受けたんです。深く心傷つくことも体験したりして、東京を出ようと決心したんです。
ピーター 移住先はハワイしかないという思いでしたか?
ジョー奥田 いえ。現実的な選択肢として沖縄、奄美大島、ロサンゼルスがありました。でも、ぼんやりとですが、将来ハワイに住めればいいなという夢を以前から持っていたので、最終的にハワイを選んだんです。
ピーター ハワイの中でも、ボルケーノに決めたのは理由は?
ジョー奥田 できれば海のそばに住みたかったのですが、ハワイでは「Coqui Frog」という外来種のカエルが、夕方から明け方まで、ものすごく大きく鳴くんです。それでは音の仕事にならない(笑)
友人の彫刻家が「ボルケーノはいろんなアーティストがいて面白いよ!」と声を掛けてくれ、ちょうど彼の従兄弟にあたる人が貸したい家があるということで見に行ったら一目で気に入ってしまい、そこに即決してしまいました(笑)

ボルケーノの森の24時間を、1時間でサウンド体験する「タイムラプス」

ピーター 今回の作品はいわゆる「タイムラプス」で、映像として見たことがありますが、奥田さんは自然音で実践されているわけですね。作品の長さは1時間ですが、実際に音を録ったのは24時間ですよね?
ジョー奥田 そうです。
2016年のある1日、24時間ずっとレコーディングし、その中から2分30秒ずつを単位として切り取り、最終的に1時間に編集しました。24時間の中から、どこの部分を切り取るかには私の判断だし、通常、編集というものには人の意志が介在するものです。でも、今回の作品に関しては、あたかも遠くから傍観しているような意識を持ちながら編集作業を行いました。「24時間の録音物」を、ありのまま人に届けられる作品を仕事として残したかったんです。ありのままなので、収録場所から100mくらい離れた道路を走る車の音も低く聞こえます。今回、それは記録の1要素として、あえて入れているんです。
ピーター 切り出す箇所を選ぶにあたり、基準みたいなものはあったんですか?
ジョー奥田 「美しさ」です。「美しさ」は普遍であり、自分にとって世界一番美しい音とは自然の音なんですね。
ピーター 録音した場所はどこですか?
ジョー奥田 私の住居兼スタジオの敷地奥が森になっていて、そこで録音しました。
いわゆるレイン・フォレスト。本当にハワイのジャングルです。色んな生き物がいますが、1番多いのは鳥です。大型のガチョウに似たネーネーとかキジ、それにたくさんの小鳥もいます。
ピーター 確かに音源を聞いていて、色んな鳥の声が聞こえるのはそのためなんですね。ところで、今回は15分ずつの4パートに分割凝縮して構成していますが、その感覚は音楽の構成、例えば、イントロやサビといったものを作る時と同じ感覚ですか?
ジョー奥田 僕のこれまでの作品に関してはそうです。音楽と同じように構成が存在します。僕の作り方は、1番最初にエンディングを作るんですよ。

ピーター へぇー、それは何故?
ジョー奥田 リスナーが聞いた後にどういう気持ちを持ってもらいたいか、というところからスタートするんです。作品の最後に泣いて欲しいという思いがあるので、例えば奄美大島の作品であれば、地元のおばあちゃんが歌う民謡が遠くから聞こえてくる、みたいなことをやったり。

バイノーラルで捉えた、ありのままの「森の模型」

ピーター なるほど。でも、今回の作品はそういうやり方ではなく、、、
ジョー奥田 はい、違います。あくまでも「24時間の森の模型」をありのまま人に届けたい。100年後や200年後の子孫たちへ、この美しい自然の音を届けてあげたい。今、世界に存在する自然の音をアーカイブとして残し、「遠い過去、地球にはこんな美しい音が存在したんだ。」そんなタイムカプセルとしてのギフトを未来の子孫へ贈りたい。こ使命感が、私を環境音に向かわせ、創作を後押ししてくれたんです。
ピーター バイノーラル録音とのことですが、「バイノーラル」という言葉を初めて聞く人に説明してもらえますか?
ジョー奥田 バイノーラルというのはマイク形式の1つで、人間の頭の形をしたダミーヘッドの鼓膜の位置に高性能マイクを付け、人間の顔の表面が持つ音の反射率を再現して音を録音するんです。このマイクの目的は、人間の聴覚を正確にシミュレートすることで、応用例として、NASAが宇宙船のノイズ計測に用いたり、車メーカーが車開発の際のノイズ計測に用いたりしています。バイノーラルマイクで自然音を録ると、360度のリアリティーを再現するのでヘッドホンで聞くのが効果が一番高いです。
ピーター 奥田さんはずっとバイノーラルで作品を残しているんですか?
ジョー奥田 そうなんです。例えば高齢の方や障害があってその場所に行けない人にも、あたかもそこに行ったかのように感じるものを作りたくて、これまでの作品は全てバイノーラルで録っています。
ピーター 特に届けたいと思う年齢層がありますか?
ジョー奥田 今までの僕の作品を聞いている年齢層は高めでしたけど、今回の作品は、是非、若い人達にも届けたいです。今の日本の10代に「ああ、自然の音っていいなあ」と、心穏やかになってもらえると嬉しいです。彼らは音楽をヘッドホンやイヤホンで聞くことが多いと思いますが、僕の作品はバイノーラル録音なので非常に相性がいいかもしれません。


ジョー奥田Joe Okuda

自然録音家・音楽プロデューサー・音響空間プロデューサー。
バイノーラルマイクとDSDレコーダーで、世界各地の自然音を録音する。その素材を元に、音楽製作で培った編集でストーリー性豊かな世界をクリエイトする。1980年に大阪歯科大学卒業後、ロサンゼルスに渡り音楽活動を開始する。1991年にはサザンオールスターズのカバーアルバムをソニーレコードより発売し、25万枚のセールスを記録。フィリップ・ベイリー (EW&F)、レオン・ラッセル、ロバータ・ フラック、ピーボ・ブライソンなど、著名アーティス トのプロデュースを行い、1998年から自然音楽家として活動開始する。現在、活動拠点を東京からハワイ州ハワイ島に移し、ボルケーノヴィレッジに移住。自宅には水道が来ていない代わりに、雨水を再利用したシステムを作っている。失われてゆく自然環境の実態に警鐘を鳴らし、そのことに無関心になっている人の心にさらなる危機感を持つ。時代の「目撃者」として、残された美しい自然を音の記録として、七代先の世代へと伝えてゆくことをライフワークとする。

Kilauea Forest 24hours

ジョー奥田

それは、ハワイ島・ボルケーノの森 いつもの 1 日

MiM Sound レーベル第 1 弾 CD は、ハワイ在住でキラウェアの森に住み創作を続けるアーティスト・ジョー奥田が『Kilauea Forest 24hours』を発売。ハワイ島ボルケーノの森でバイノーラルレコーディングした森の 24 時間模型を、サウンドタイムラプスにて構築。CD は南カリフォルニア在住のアーティスト・Yukimi によって作品を視覚的に表現した豪華 24 Pアートワークブックレット仕様。